profile

1983年3月19日に長女として生まれる。生まれた時から、親戚と一緒に住んでいた。その親戚の子はタメの男の子(まーくん)で障害を持っていた。
小さい頃は無知でまーくんが障害者だとはわからず仲良く遊んでいたが、次第に大きくなるにつれて違和感を覚える。

しかし、親やおばあちゃん(家の中はおばあちゃんが仕切っていた。)がまーくんを障害者と認めず、普通学級の小学校に進ませた。
話し方も変でいまいち何を言っているのかわからないが、いつも一緒にいた私には理解できてしまい翻訳的な事をさせられた。

一緒に住んでいることから、「お前まーくんとチューしたんだろー!」とか、高学年になると「お前あいつとやったんだろー!」と心無いいじめがまーくんにはもちろん、私にも矛先を向けられた。私=まーくんの方程式がとてもストレスで私は自信喪失していった。

そのうっぷんを晴らすために、私はまーくんをいじめた。
可愛そうな事をしたとは思うがまーくんにはいつも守ってくれる先生や、家族たちが居た。

私の複雑な気持ちに気づいてる人なんて一人もいなかった。もしまーくんが同じ学年じゃなければ、もしまーくんが一緒に住んでなければ、もしまーくんが女の子だったら、私は幾分か心が軽かったのかもしれない。

人間関係の構築も難しくて、自分の居場所を探すのが大変だった。なのでいつも下ネタばかり言ってみんなを楽しませる事を覚えた。このスタンスはどこに行っても今でも変わらない。ただ、場を和ます事はできるものの心からの親友お呼べる友達を作る事は今になっても難しい。

恋愛もままならなくて付き合っては一週間で別れてを繰り返していた。

恋愛とは相手に依存する事なのだと勘違いして、依存成功した人と三か月で妊娠してしまい結婚することになった。その男性は宗教をやっていて、幾分人に優しかった。(と教育されていたんだと思う)その宗教に私も入らされることになって、共感できた私達はうまくいっていた。

やがて二人目を妊娠した頃から、私が宗教に疑問を持つようになりその頃からうまくいかなくなった。それと同時に家計がカツカツになり、旦那にスナックにバイトに行けと言われ言葉通りバイトに行く。
そのスナックのお仕事があまりに楽しくて、家族よりも仕事を優先する私に旦那が嫌気をさし、うまくいかなくなって三年後に離婚した。
結婚生活は6年だった。
バツイチになって、体目当ての男がすごく寄ってくるようになり、むかついたので恋愛の書物や心理のサイトなどを読み漁った。

そこで自分はACだということを知る。→ACの私の失敗
ACを克服するために、毎日実践し、やがて目に見えるように良くなる。

離婚して半年でアスぺに付きまとわれ、その人と付き合い、6年後に妊娠して連れ子再婚した。
2016年に3人目姫がめでたく産まれる。今はACもカサンドラも克服して幸せ。

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